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最高裁判所第一小法廷 昭和62年(オ)1532号 判決

上告人

畑山繁夫

右訴訟代理人弁護士

髙田勇

井原紀昭

中村潤一郎

被上告人

丸協運輸株式会社

右代表者代表取締役

小林次男

被上告人

菊地進一郎

右両名訴訟代理人弁護士

木村祐司郎

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人髙田勇、同井原紀昭、同中村潤一郎の上告理由について

原審の適法に確定したところによれば、本件に適用される所得補償保険普通保険約款には、保険者代位の規定はないが、(1) 被保険者が傷害又は疾病を被り、そのために就業不能になったときに、被保険者が被る損失について保険金が支払われるものである(一条)、(2) 保険金の額は、就業不能期間一か月につき、保険証券記載の金額あるいは平均月間所得額の小さい方である(五条二項)、(3) 原因及び時を異にして発生した身体障害による就業不能期間が重複する場合、その重複する期間については重ねて保険金を支払わない(七条)、(4) 重複して所得補償保険契約を締結してあり、保険金の支払われる就業不能期間が重複し、かつ、保険金の合算額が平均月間所得額を超える場合には、保険金を按分して支払う(二七条)、(5) 約款に規定しない事項については日本国の法令に準拠する(三二条)との趣旨の規定があるというのであるから、本件所得補償保険は、被保険者の傷害又は疾病そのものではなく、被保険者の傷害又は疾病のために発生した就業不能という保険事故により被った実際の損害を保険証券記載の金額を限度として填補することを目的とした損害保険の一種というべきであり、被保険者が第三者の不法行為によって傷害を被り就業不能となった場合において、所得補償保険金を支払った保険者は、商法六六二条一項の規定により、その支払った保険金の限度において被保険者が第三者に対して有する休業損害の賠償請求権を取得する結果、被保険者は保険者から支払を受けた保険金の限度で右損害賠償請求権を喪失するものと解するのが相当である。保険会社が取得した被保険者の第三者に対する損害賠償請求権を行使しない実情にあったとしても、右の判断を左右するに足りるものではない。右と同旨の原審の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひっきょう、独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官四ツ谷巖 裁判官角田禮次郎 裁判官大内恒夫 裁判官佐藤哲郎 裁判官大堀誠一)

上告代理人髙田勇、同井原紀昭、同中村潤一郎の上告理由

原判決が、本件事案について商法第六六二条の適用をなしたのは、明白な法令違背である。以下その理由を述べる。

一 原判決も認定する如く、保険会社は商法第六六二条により、被保険者の第三者に対して有する権利を代位取得しても、不法行為の加害者(本件では被上告人ら)に対して、右代位権を取得しない実情にある。

右は単に実情というにとどまらず、上告人が各保険会社及び大蔵省に問い合わせた結果、保険会社が代位権を行使した件は、一切無いとのことであった。

右諸点については、御庁において充分な調査を求める。

保険会社が代位権を行使しない理由は、代位権を行使することにより、被保険者兼保険契約者が自ら出捐した保険料の対価として、保険金を受領した金額部分につき、被保険者が第三者に請求できる金額が減少し、その結果、当該保険契約の勧誘等に致命的な悪影響を及ぼすからである。

二 次に、原判決は、

代位権の不行使の結果、第三者が利得することがあっても、それによって損失を蒙るのは保険会社であり、被保険者でない。

と認定している。

しかし、右認定は保険の制度を理解しない一面的な判断であり、明白な誤りである。

即ち、保険会社はいつの場合でも、損失を蒙ることはなく、事故率の発生が多ければそれに応じて保険料の増額で対応が可能なものであり、本件の如き事案において、保険会社が代位権を取得したにも拘らず、その権利を行使しない場合、保険会社の収支計算は、保険金の支払価額分(代位権行使できるのにしなかった価額)について、全被保険者が之を分担して保険料率が決定されたことになり、上告人を含む被保険者全体の損失を惹起しているものである。

三 更に、上告人は本件事故発生、之に伴う東京海上からの保険金受領により、右受領後、上告人を含む全日空の乗務員らが集団で加入している、東京海上の所得補償保険の加入を拒否されており、しかも、右拒否後、半年以内に自損事故(歩道で足をすべらせて転倒し、後脳に傷害を受け休業)による損害の補償を受けられなかったものである。

右事実は、本件係争と直接の因果関係はないが、保険制度の実情を理解する参考例である。

四 他方、被上告人は、上告人が東京海上に所得補償保険を加入していた結果、上告人の蒙った損害のうち金一三、九二六、八一六円については、自ら負担する必要がなくなったものである。

右金員については、原判決の認定によれば、東京海上に請求権が移転しているが、保険会社が第三者に代位権を行使することは皆無であるから、不当に利得していると断言でき、不法行為の被害者が本件の如き保険に加入しているか否かにより、損害賠償の価額が大幅に変動することは、極めて公平性を欠いたものと断言しうる。

五 一方、保険に加入する当事者としては、現行の損害賠償制度による損害額に限度があること、自損事故の如く加害者のいない例があるため、保険料を出捐して被害の回復に当たろうとしているものである。

本件の上告人の如く、自ら保険料を出捐して自己防衛をなそうとしているものと、何ら対応なく、加害者に請求するものとが、結果的にその受領する損害額が同一ということは、社会常識上到底世人を納得させ得るものではない。

六 以上の事実関係、並びに原判決の明白な法令適用の誤りを是正するには、上告人が主張する如く、

保険会社と被保険者間において、保険契約締結の際に、当事者間で商法第六六二条の適用を排除する旨の黙示の合意が成立していた

と認められる社会的基盤が存在しており、且つ、そう解釈することが、当事者間の衡平の原則に合致するものである。

七 本件事案は社会生活上、あまり裁判例のない事件と思われる(加害者側が被害者の加入している損害保険を調査できる例が少ないため)が、法の不備、及び行政(大蔵省の保険行政指導)の不備を補う為、最高裁判所の判断を求めるものである。

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